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シリーズひと 過去に掲載されたもの

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広報つばめで掲載中の「シリーズひと」に掲載した記事と写真をまとめたページです。なお、記事の内容は掲載当時のものをそのまま掲載しています。

平成18年度分 シリーズひと

シリーズひと
Vol.1 金子 美鈴(かねこみすず)さん 消防士 大曲(燕地区)23歳

平成18年5月1日号掲載
消防隊員として、ときには女性の視点を生かしながら経験を積んでいきたい
金子美鈴さん

 
燕・弥彦総合事務組合の燕消防署に勤務する金子さんは、組合の中で唯一の女性消防職員です。最近では救急救命士の資格を持った女性が消防職員になり、救急隊員になるケースがあるそうですが、金子さんは学校卒業後、すぐに消防の職に就きました。火災や救急の出場のほか、警防業務や庶務事務といった消防全般をこなしていらっしゃいます。署内のみんなから「みすず」と呼ばれ親しまれている金子さんにお話を伺いました。
 
赤い消防車に乗って火災現場で活動する、そして、救急隊員として人命救助に携わる――私が小学生のころから消防士にあこがれた理由です。 今でこそ、男女共同参画の社会が進んでいますが、当時はまだ一般的に消防士は男性の職業としてとらえられがちでした。でも、私はあきらめられず、燕消防の採用試験にチャレンジし、念願だった消防車に乗ることができたんです。県央地域の消防署で女性の消防士は、私が最初だったようですね。

金子美鈴さん

 消防職員になって4年目になります。消防学校での「初任課程」や、「救急標準課程」で、それぞれ数カ月間訓練を重ねてきました。実際に火災や救急の現場にも出動しています。
 女性だからといって特別な扱いは当然ありませんし、私も望んではいませんが、ある日、救急隊員で現場へ行ったとき、傷病者の方から何気なく「ありがとう」って声を掛けられたんです。私が女性だったから安心されたんでしょうね。私自身もちょっぴりうれしく思いました。心の中で「こちらこそありがとう」って…。
 一つとして同じ現場はありません。本当にまだまだ未熟な私ですが、少しでも多く現場に出動して、経験することこそが大切だと思います。ときには女性の視点を生かしながら消防隊員として、これからも励んでいきたいと思っています。

燕弥彦消防
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シリーズひと
Vol.2 和田 勇(わだいさむ)さん 大川津(分水地区)78歳

平成18年6月1日号掲載
ホタルが舞う里山を残したい。自然は私たちが守る。ホタルよ増えてくれ!
和田 勇さん

 
平成14年、大河津分水公園のせせらぎ水路にホタルを放とうとまちづくりのワークショップで提案。それがきっかけで本格的にホタルの研究が始まり、翌年、保護指導員の資格を取得。今ではホタルの繁殖、飼育をする傍ら、国上周辺の自然保護活動にも取り組んでいます。近所の子どもたちから“ホタルのおじさん”として親しまれている和田さんのお宅を訪ねてみました。「和田さん、その水槽で飼育するんですか?」
 
 そうですよ。多くは飼うことはできませんが、約9カ月間、この中でふ化をさせ成虫になった時点で自然へ帰すんです。
 夏の風物詩として親しまれてきたホタルは、一昔前では各地の水辺に淡い光を放ちながら飛び交う姿が見られました。しかし、地域の開発や整備によって時代とともにホタルの生息地は減っていきました。『ホタルが舞う里山を残していきたい。自然を守りながらホタルを増やすには…まずはホタルの生態を観察しなければ︱』。
 そんな思いで以前から生息が確認されていた国上山へ出掛け30匹ほどのホタルを捕まえました。当時はホタルに関してまったくの素人。講習会に参加し、県のホタル保護指導員の資格を取って繁殖に向けた飼育に臨みました。試行錯誤を繰り返す中、なんと一年目にしてふ化に成功。うれしかったですねー。翌年、成虫になったホタルたちを、故郷の国上の里へ放しましたよ。「仲間たちを増やしてくれ」と思うと同時に「この自然環境を保護しなければ…」と、自然の大切さを痛感しました。
 日本では約40種類のホタルが各地で生息していますが、国上山周辺ではゲンジボタルとヘイケボタルが主です。ホタルはオス、メスともに光を放ちます。光りながら飛ぶ姿は本当に風情がありますが、そのホタルの乱舞は実はオスだけなんですよ。草むらの中にいるメスの光を合図に寄り添い、そして交尾をするんです。
 このように、彼らたちのコミュニケーションの手段が〝光〟なんです。だから街灯や車といった街の灯りがある場所では、その照明が邪魔になってしまい、しまいには生息できなくなるんです。幸い国上のホタルの里では人工の光はなく、きれいな水や土壌など自然環境が整っています。
 今月下旬から7月上旬、今年もホタルの舞いが観られます。里へ来られる皆さん、幻想的な光景は童心に帰らせてくれますよ。でもそれは、自然があってこその恩恵。自然を大切にする心を持ってホタルたちと出会ってください。

和田さん遠藤さん
扌里にある田んぼは地元の遠藤義久さん(写真右)が所有。遠藤さんの協力もあってお二人はごみや倒木の撤去など、里の整備に努めておられます。「皆さん、自然を守るためマナーを忘れずにお願いします」と遠藤さん(5/21ホタルの里で)
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シリーズひと
Vol.3 池田 雄一(いけだゆういち)さん プロバスケットボール選手 下粟生津(吉田地区) 22歳

平成18年7月1日号掲載
一日も早くけがを治し、バスケに専念できる今の環境を心から楽しみたい。

池田雄一さん

新潟商業高校時代にはインターハイ優勝、東海大学時代にはインカレ優勝、関東新人戦ベスト5という輝かしい実績を残してきた池田選手。地元新潟県出身の選手として大きな注目を浴びながら、プロバスケットボールリーグ「bjリーグ」に参戦している『新潟アルビレックスBB』に入団しました。身長191cm、体重93kgで背番号は♯32。今後の活躍が期待されます。
 
最初は野球をやろうとしたんです。小学生のときに父親からグローブを買ってもらい、地元の少年野球チームに入りました。でも一日でやめてしまったんです。外野の後ろで球拾いをさせられたんですが、全然ボールがこなくて、つまらなかったんですよね(笑)。
当時、NBA(アメリカのプロバスケットボールリーグ)ではマイケル・ジョーダンという選手が全盛期で、彼のプレーが収録されたビデオをよく見ていました。そのカッコよさにあこがれてバスケットシューズを買ってもらい、バスケ好きの友達と一緒に粟生津体育文化センターでバスケをして遊んでいました。
吉田中学校、新潟商業、東海大学とずっと続けてきましたが、大学卒業を機に選手としてはバスケから離れるつもりでした。しかし、学生最後の試合となったインカレ(全日本学生バスケットボール選手権大会)の決勝戦をけがで欠場してしまったことがとても悔しくて、プロ選手への道を選んだんです。
振り返ってみると、ここまで続けることができた一番の理由はバスケが〝好き〟だったからだと思います。スポーツをする子どもたちに私から何かアドバイスできるとすれば、そのスポーツを心から楽しんでほしいということですね。好きという気持ちさえあれば自然と目標ができ、上達していくと思うんですよ。
入団したばかりのくせに生意気かもしれませんが、一生プロ選手を続けられるわけではありません。周囲の人たちからのアドバイスに耳を傾けながら自分の人生を真剣に考え、バスケに専念できる今の環境を心から楽しみたいと思っています。一日も早くけがを治し、チームに貢献できるよう力を出し切りたいですね。
 
池田雄一さん田中千尋さん
↑同じく新人選手として入団した田中千尋選手(右から二人目)と一緒に記者会見を行う池田選手(6月9日・新潟市)
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シリーズひと Vol.4
深海 晃一 さんふかうみこういち・写真右・前郷屋(燕地区) 59歳
長谷川 清 さんはせがわきよし・写真左・西燕町(燕地区) 62歳

平成18年8月1日号掲載
「水面上では涼しい顔で仕事をしていても、水面下では沈まないように必死にもがいている」。そんな職人の技と心意気
深海さん長谷川さん01


燕市・三条市の金工作家8人によるグループ『水燕鎚工会』。会の名称の「水燕」とは分水の「水」と「燕」を合わせたもので、20年ほど前に旧燕市と分水町の金工作家の皆さんで結成されました。金属をたたいて形や模様を作る鍛金師であり、現在、会の代表を務める深海さんは、
「当時、40歳前後の若くエネルギーに満ち溢れたメンバーが集まり、普段は使用しない金属や薬品を使って勉強会や講習会を開催してきました」
 と振り返ります。
「学んだ技術を作品にして多くの皆さんから見てもらいたい」と新潟市や三条市、加茂市など、県内各地で作品展を開催してきました。
 地元である産業史料館に場所を移してから4回目となる今年のテーマは『実り』。今回のポスターに使用された作品(右下の写真)を手掛けたのは彫金師の長谷川さん。金属の表面に鏨(たがね)を使って模様が彫り込まれた、まさに彫金の技が光る逸品です。
「昨年の秋に石榴(ザクロ)を手に入れて写真に撮り、粘土でモデルを作ったり、デッサンしたりしながら取り組んだ、リアルさにこだわった作品です」
 皆さんに、恥ずかしくないものを観ていただきたいと言うお二人。
「水面上では涼しい顔で仕事をしていても、水面下では沈まないように必死にもがいている」。そんな職人の技と心意気を皆さんも感じてみてください。

水燕ついこうかい作品01
『石榴』 長谷川清
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シリーズひと
Vol.5 シンシア ジャービスさん ダンディ村交換留学生の通訳さん

平成18年9月1日号掲載
恥ずかしがらず、とにかく話すことが外国語を勉強する上で大切なことです。

シンシアジャービスさん01

ダンディ村交換留学生たちは、毎朝、役所でミーティングをしていました。「疲れていないかな」というこちらの心配をよそに、とても楽しんでいる様子でした。まさに「はしがころがってもおかしい年ごろ」である彼らの明るく元気な声が飛び交っていました。そんな留学生たちの通訳兼良き姉であり相談相手にもなっていたシンディさんにお話を伺いました。笑顔がとても素敵な人です。
 
実は、シンディさん(シンシアさんの愛称。以下シンディさんで紹介します)は13年前のダンディ村交換留学生でした。そのとき初めて覚えた日本語はあいさつ。特に「おはよう」は「オハイオ州」に似ているのですぐに覚えたそうです。このときの経験が大学で日本語を勉強するきっかけになりました。大学卒業後、JETプログラム(語学指導等を行う外国青年招致事業)のCIR(国際交流員)として島根県宍道町(現・松江市)に赴任したこともあります。現在は鳥取県の企業で研修中です。

今回は留学生の通訳としてお手伝いしてくれたシンディさんですが、通訳で難しいと思うのは、単語がまだまだ足りないことだそうです。
「私が通訳している内容が正しいのか不安になることがあります。どちらかというと日本語を英語に通訳するほうが簡単ですね。英語を日本語に通訳するときは、敬語が特に難しいです。丁寧に話そうとすると、そればかりに気をとられてしまい、うまく日本語にできなくなります」
とても流ちょうに日本語を話すシンディさんに、外国語を勉強するためのアドバイスをお願いしました。

「自分で話したり、書いたりすること、例えば、実際にその国へ行ってその国の言葉を使うことが一番だと思います。外国へ行くことが難しければ、日本にいる外国人と友達になるという方法もありますね。とにかく使うことが大切です」と教えてくれました。

「アメリカと日本に関係がある仕事がしたかったので、今の会社で働けることはとてもラッキーなことです」とシンディさん。これからも二つの国の架け橋となって活躍してくれることでしょう。

シンシアジャービスさん02
「(笹だんご)上手に食べられるかなぁ」。留学生たちを気遣うシンディさん
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シリーズひと
Vol.6 和田 明香里(わだあかり)さん  又新(燕地区)  23歳

平成18年10月1日号掲載
私のイラストを目にしてくれた皆さんが少しでも明るく元気になってくれたらうれしいですね。

和田あかりさん01

9月9日・10日に宮町商店街・燕大通商店街(燕地区)で行われた「シャッターアートコンテスト」。このコンテストは、空いている店舗のシャッターをイラストで飾り、商店街に明るさとにぎわいを演出しようと開催されたもので、今年で2回目になります。本審査の対象となった8人のイラストの中から、見事3位に選ばれた和田さんにお話を伺いました。
 
老人保健施設「楽楽」(大曲)に務める介護職員の和田さんは、夜勤明けでの参加。さらに、当日は気温が30度を超える真夏日となり、「眠いし熱いし」でコンディションは最悪とのこと。
「前日の夜勤のとき仮眠を取ったのですが、時間までに完成できるか心配で、ほとんど眠れませんでした。1日目が終わった夜も、何度も目が覚めちゃいましたよ(笑)」
和田さんが介護の仕事に就こうと考えたのは中学生のとき。大好きなおばあちゃんが足を悪くしたことがきっかけでした。
「両親が共働きだったこともあり、子どものころから"おばあちゃん子"でした。大好きなおばあちゃんが困っているのに私には何もしてあげることができなくて、とても悔しかったんです。そのときの思いがずっと残っていたので、高校卒業後は介護の専門学校に進学しました」
小さいころから絵を描くのが大好きだったという和田さん。友達に送るバースデーカードや年賀状などには、今でも自作のイラストを必ず描いているそうです。
和田あかりさん03

「勤務している施設でも自分が担当するおじいちゃん、おばあちゃんたちに手作りのイラストやカードをあげているんですよ」
シャッターアートのテーマは「愛と活気があふれる市」。市民の皆さんが明るく笑顔でいられるようにとの思いが込められています。
「絵を描いていると嫌なことを忘れることができるんです。シャッターは凸凹していて苦労しましたが、とにかく完成してホッとしています。私の描いたイラストを目にしてくれた皆さんが、少しでも明るく元気な気持ちになってくれたらうれしいですね」。
 
 和田あかりさん02
↑3位に入賞し、表彰された和田さん。「まさか選ばれるとは思っていなかったので、あまりの驚きに我を忘れてしまいました」と笑顔の受賞です
 
●平成18年度シャッターアートコンテスト結果
優勝 田中 健二さん(弥彦村)
準優勝 和田 竜也さん(新潟市)
3位 和田明香里さん(又新)

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シリーズひと Vol.7 今井 太一(いまいたいち)さん  吉田下町 18歳

平成18年11月1日号掲載

自分のことだけでなく、客観的に、広く大きな視野に立って発言をしていきたいと思います。

シリーズひとVol_7今井太一さん_01

 
『まちづくり住民会議(100人委員会)』に応募し参加している今井さんは委員の中で最年少。県立三条高等学校に通う高校生です。「普段はゲームをしたり音楽を聴いたりと、いたって普通の高校生ですよ」と笑顔を見せます。「18歳という若い観点を持ちながら、他の委員の皆さんと協力し、これからの燕市について考えていけたらいいなと思っています」と抱負を語ってくださいました。
 
応募した理由は、自分の住んでいるまちのことをしっかりと考えながら、市の行政について勉強できる良い機会だと思ったからです。また、募集チラシに書いてあった「想像力あふれる若い皆さんの参加もお待ちしております!」という一文にも惹かれました。「100人委員会」に参加して、いろいろな経験をすることは、これからの人生にとって貴重なものになると思っています。
 私は吉田地区に住んでいるので、燕や分水地区のことはほとんど知りませんでした。先日行われた視察研修で、自然豊かで雄大な大河津分水路や、煙管・矢立などの燕産業の歴史を知ることができ、自分の中で新しい燕市のこれからあるべき姿がなんとなく見えてきたような気がしています。18歳の自分は他の委員の皆さんから見ればまだまだ子どもで、「ひょっとしたら相手にされないのでは?」という不安もありました。しかし、皆さんと言葉を交わしていくうちに、自分も委員の一人として認めてもらえているのだと感じることができ、とてもうれしかったですね。
 私は「健康福祉委員会」を希望しました。自分が将来結婚し、子どもができたときのことや、高齢になったときのことなどを考えながら、みんなが安心して幸せに暮らせるような燕市になってほしいと思っています。自分のことだけでなく、客観的に、広く大きな視野に立って発言をしていきたいです。
 私が「100人委員会」に参加している姿を、ぜひ同世代の人たちから知ってもらいたいと思います。たくさんの若い人たちが自分の暮らすまちの将来のことを考えれば、もっともっとすばらしい市になると思うんですよね。
 
 シリーズひと今井太一02
↑第1回目の全体会議で小林市長から委嘱状を受け取る今井さん。「あまりに緊張して、ガチガチになってしまいました」

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シリーズひと Vol.8 久住 三千代(くすみみちよ) さん 五千石 60歳 特定非営利活動法人「ねっとわーくエプロン」理事長

平成18年12月1日号掲載
高齢者の皆さんはもちろん、若い人たちからも気軽に立ち寄ってもらえるような場所にしたい

久住三千代さん01
市民の皆さんの公益的な活動を支援する『燕市NPO活動助成事業』の助成を受けて、今年7月、地蔵堂本町三丁目にオープンした『一寸いっぷく「よらんかね」』。「みんなが気軽に立ち寄って情報交換ができる場を提供し、地域活性化のお手伝いをしたかった」と言う久住さん。「月曜日から金曜日まで、午前6時から開けています。他の活動があるときは閉まっていることもありますのでご了承ください」。
 
今年7月にオープンしたとはいってもここは喫茶店や飲食店ではありません。『一寸いっぷく「よらんかね」』は、だれもが気軽に立ち寄っておしゃべりすることができる場所として、閉店していた喫茶店を改装し、『ねっとわーくエプロン』が始めたサロン活動の場です。

 中に入るとほのかなコーヒーの香りとともに、楽しい笑い声が聞こえてきました。書棚には漫画本や文庫本などもあります。カウンターの中から、訪れた皆さんに温かいコーヒーを出しているのが久住さん。『ねっとわーくエプロン』の理事長です。

「『ねっとわーくエプロン』は高齢者のための家事援助やサロン開催という活動をしながら、たくさんのお年寄りの皆さんと接してきました。ここでは、そんな皆さんはもちろん、若い人たちからも気軽に立ち寄っていただけるようなところにしたいと思っています。いろいろな年代の皆さんが、お互いに顔を合わせて言葉を交わすことが、地域の活性化につながると思うんですよ」

 取材でお伺いした日も次々と人が立ち寄り、子どものときの思い出話などに花を咲かせます。
「奥にはまだ使っていない部屋がたくさんあります。それらを有効に活用して、もっとたくさんの皆さんが参加できる催しも企画したいと考えています」 『ねっとわーくエプロン』の活動に興味を持たれた人は、事務局( 電話0256・97・5630)までお気軽にお問い合わせください。 シリーズひと久住三千代さん02
▲毎週金曜日は、訪れた皆さんに軽食のサービスがあります

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シリーズひと Vol.9 猪突猛進 年男・年女特集 年男・年女に聞く、今年はこんな一年にしたいですねぇ。

平成19年1月1日号掲載 2007新春スペシャル拡大版
いろんな人のいろんな夢が、燕市の明日を輝かせます。年男・年女の皆さん、今年はどんな年にしたいですか?
皆さんの夢を聞かせてください。


●12歳 高橋 亮(たかはしまこと)さん (八王寺)
中学生になっても頑張るぞ!
高橋亮さん02

楽しかった小学校生活ももうすぐ終わり。一番の思い出は、修学旅行で友達と怖い話や枕投げをしたことです。中学生になったら、今まで以上に勉強やスポーツを頑張りたいと思います。
 
●24歳 笠原 紀夫(からはらのりお)さん(小古津新)
毎日を笑顔で送りたい!
笠原紀夫さん01
就職も無事に決まり、自分はもちろん、家族を安心させることができました。昨年までの自分を常に顧みながら、その経験を今に生かし、何事も失敗を恐れず、笑顔をモットーに毎日を送りたいと思います。
 
●36歳 木下 誠子(きのしたさとこ)さん(吉田旭町四丁目)
“輝く女性”を目指します!
木下誠子さん01
ついに長男に身長を抜かれちゃいました。いつかは超されるだろうと思っていましたが、うれしいような寂しいような…。今年は何かにチャレンジして、私の周りにたくさんいらっしゃる“輝く女性”の仲間入りをしたいですね。
 
●48歳 中島 義仁(なかじまよしひと)さん(吉田下中野)
CDでも出そうかなぁ!
中島義仁さん01
昨年の私にとって一番の出来事。それは、中学生のときから欲しかったマーティンのギター(Dー28)を、妻に内緒で買ったことです。今年は音楽好きの友達とバンドを組んで、CDでも出そうかなぁ(笑)。

●60歳 山田 昭子(やまだあきこ)さん(上諏訪)
生まれ変わったつもりで頑張りたい!
山田昭子さん01
昨年は、保育園の発表会などで、孫の裕翔と結愛の成長を見ることができ、本当にうれしい一年でした。今年は還暦を迎えます。また一から生まれ変わったつもりで、健康で毎日を楽しく頑張っていけたらと思います。
 
●72歳 南波 惇(なんばあつし)さん (寿町)
ゲートボールでもう一度全国へ!
南波敦さん01
昨年10月、静岡県で開催された「ねんりんピック」にゲートボールで出場できたことが、昨年の一番の思い出です。今年も健康に気を付けながら毎日を楽しく過ごし、もう一度、全国レベルの大会に出場したいですね。
 
●84歳 藤井 正司(ふじいしょうじ)さん(小池)
大好きな旅行を楽しみたい!
藤井正司さん01
昨年も月に1回くらいは旅行に出掛けたでしょうか。今年も健康に気を付けて、いろいろな所を旅行できればと思っています。また、長生きをさせてもらったお礼に、地域に恩返しをしたいと考えています。

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シリーズひと Vol.10 中条 健(なかじょうたけし)さん 大船渡 32歳

平成19年2月1日号掲載
近所には養豚農家も多く、私にとって豚は、子どものころからとても身近な存在でした。


シリーズひと中条健さんH190201
 
中条さんは、小中川養豚団地組合の組合員で養豚業を営んでいます。昨年11月2日に東京都港区で開催された「平成18年度全国優良畜産経営管理技術発表会」では、これまでの取り組みと実績が評価され、燕市で初となる優秀賞を受賞しました。12月19日には「新潟県優秀畜産表彰会養豚経営部門」でも最優秀賞を受賞。地域の若手リーダーとして、魅力ある養豚経営と活性化に取り組んでいます。
 
父が養豚を始めたのが昭和33年。その後、昭和48年には地域の養豚仲間と小中川養豚団地組合を設立し、現在に至ります。私が小学生のころは、まだ家の敷地内には数頭の豚がいました。近所には養豚農家も多く、私にとって豚は、子どものころからとても身近な存在でした。
 家業を継ぐことを本格的に意識したのは、高校を卒業して新潟市(旧巻町)の県立農業大学校に入学してからです。畜産科の養豚専攻で養豚経営に関する多くのことを学びました。卒業後は、㈳国際農業者交流協会の支援事業で、アメリカでの2年間に渡る研修を受けることができました。
 アメリカは世界でも屈指の養豚大国で、私は、広大な土地に大きな豚舎をいくつも所有する大きな農場で研修を受けました。研修先ではとても親切な人たちに囲まれ、充実した2年間を過ごすことができました。
 今回、このような賞をいただき、「私のようなものが…」と恐縮しています。11月2日の発表会に出席した他の受賞者の皆さんは、それぞれがとても興味深い研究などに取り組んでいらっしゃる方ばかりで、大きな刺激を受けて帰ってきました。畜産にもさまざまな可能性があることが分かり、これからの仕事に生かしていきたいと考えています。
 養豚は、自分たちがやっただけのことを豚が返してくれるという、とてもやりがいのある仕事ですが、反面、手を抜けば抜いたなりの結果がすぐに出てしまう怖さもあります。今後は法人化や経営規模の拡大、後継者育成などへの取り組みを図りながら、小中川の豚肉が燕市の特産として皆さんから愛されものとなるように、頑張りたいと思っています。

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↑中条さんの豚肉の特徴は、品質レベルを表す「上物率」がとても高いこと。小中川養豚団地の豚肉は、ほとんどが県外に流通されていますが、県内では唯一、『よりなーれ燕いち』(JA越後中央燕支店わき)で販売されています。

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シリーズひと Vol.11 横田 麻琴(よこたまこと)さん  吉田西太田 23歳


平成19年3月1日号掲載
わたしが描く新しい庁舎のイメージは、一言で言えば「明るい」というものです。

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横田さんは新潟大学大学院自然科学研究科で環境共生科学を専攻する大学院生。建築物や古い民家、集落などについて研究しています。昨年10月、公募を含む51人の市民の皆さんでスタートした「新庁舎建設市民検討委員会」に参加し、新庁舎のあり方や規模、機能などについて話し合っています。そんな横田さんの趣味は旅をすること。青春18切符を手に夜行列車を乗り継ぎ、全国各地の有名な建築物を訪ね歩くのが大好きだそうです。
 
子どものころから工作をしたり絵を描いたりすることが好きでした。父が土木系の設計をしていたこともあり、家にある図面をよく眺めていましたね。そのころからモノを作る仕事に対しての漠然としたあこがれがあったのかもしれません。高校生のころには大学で建築を勉強したいと考えるようになりました。
 検討委員会に応募した理由は、わたしにとって良い勉強になると思ったからです。新庁舎という建造物そのものに興味があったことはもちろんですが、いろいろな考えや経験を持った人たちが集まる場に参加することは、学生生活ではなかなかできない貴重な体験ですから。
 初めての会議のとき、緊張していたわたしに、隣の席の女性が声を掛けてくださいました。「きっと良い勉強になるわよ。頑張って」と。その言葉がわたしをとてもラクにしてくれたことを覚えています。
 わたしが描く新しい庁舎のイメージは、一言で言えば「明るい」というものです。役所ってどうしても堅苦しいイメージがありますよね。当たり前なのかもしれませんが、用がなければ行かないというか…。新庁舎は、近くを通ったら気軽に立ち寄ってみたくなるような、そんな建物になってほしいと思っています。
 今回、検討委員会に参加して感じたのは、自分が住むまちに関心を持つことの大切さです。検討委員会で交わされた多くの意見や議論はとても有意義なものでしたし、新庁舎建設にとって必要なことでした。今月中には基本構想市民案が作成され、わたしたちの仕事はこれで一段落となりますが、すばらしい庁舎が完成する日を楽しみにしています。

シリーズひと横田麻琴さんH190301
↑ワークショップ形式で話し合う市民検討委員会。写真左端が横田さんです。10月17日から現在まで5回の会議が開催され、今月には「新庁舎建設基本構想市民案」として取りまとめられます。

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