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玉虎堂 柄沢虎二

玉虎堂 柄沢虎二

玉虎堂 柄沢虎二

水注 柄沢虎二

玉虎堂 柄沢虎二 解説

家庭用ステンレス器物の先駆者として、ハウスウェア業界の歴史を飾る第一人者の名をかかげれば、玉虎堂をおいて他にいない。昭和21年頃製品化された「すず型」のケットルが、改良を重ねながら、昭和60年代に入った現在なお、主力商品として、高級品のイメージを損ねず親しまれているところに、玉虎堂の企業姿勢がうかがえる。

明治31年(1898年)7月30日、上町の現住所に生まれた柄沢虎二は、大正2年(1913年)玉川堂に入門。大正8年(1919年)年季明。玉虎堂と称して生家で独立開業したのが、株式会社玉虎堂製作所の原点である。

同業者にさきがけ、銅器の機械化に早くから着目した虎二は、手まわしプレスを入れたのを手はじめに、昭和7年、早くも千貫のフレキションと、五百貫のパープレスをとりつけ、0.3ミリのうす板でカゴメ文様の茶托を大量に生産、うるしで仕上げる一方、真鍮で茶こし、フィンガーボールなどを手がけ、ステンレスと銅製品の機械化を併用して成績をあげた。

しかし、銅器職人としての手仕事を、おろそかにしたわけではない。技を磨くために、自ら注文とりにまわり、出来上がりで値段をきめるといった、すぐれた職人仕事を、好事家の手にのこし、今も大切に保管されている。刻印も中級品には、玉隆堂、普及品には玉研堂と使いわけ、打ち出しの上物にのみ玉虎堂とタガネで彫りこんだときくが、柄沢虎二の、合理性と職人にはない企業家の素質を、そこからもうかがえる。 (相沢直人/燕産業史料保存会)

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