燕市産業史料館website

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玉川堂 玉川覚平

玉川堂 玉川覚平

玉川堂 玉川覚平

銅湯沸(巻物・菊図)玉川堂

玉川堂 玉川覚平 解説

初代 玉川覚兵衛(1799-1871)
仙台の渡り職人・藤七より鎚起銅器の製法を継承し、日常銅器の製造を始める。燕鎚起銅器の産業創始の功を称えられ、明治34年、時の農商務大臣より追賞を受ける。
二代目 玉川覚次郎(1829-1891)
漸次工芸品的要素を加え、明治6年、日本が初めて参加したウィーン万国博覧会に出品し、燕鎚起銅器の名を全国に馳せる。以後戦前まで約30回国内外博覧会に出品。
三代目 玉川覚平(1853-1922)
明治26年、世界コロンビア博覧会、同43年、日英博覧会等で銀賞受賞。明治27年には明治天皇御大婚二十五周年奉祝に一輪花瓶を献上。以後、皇室の御慶事に玉川堂製品の献上が習わしとなる。
四代目 玉川覚平(1881-1947)
明治彫金界の至宝、海野勝珉に入門した後、東京美術学校(現東京芸術大学)を卒業。湯沸の口打出技法や着色技術の開発など製品の近代化・多様化を図り、製品の美的向上に画期的な発展を遂げる。
五代目 玉川覚平(1901-1992)
第二次世界大戦により壊滅状態となった鎚起銅器業界を、戦後いち早く復興に着手。昭和33年、新潟県より「新潟県無形文化財」に、昭和55年には文化庁より「記録作成等の措置を講ずべき無形文化財」に指定される。
六代目 玉川政男(1938- )
幾多の職人を育て、昭和56年「燕分水銅器協同組合」を設立。当時の通商産業大臣より「伝統的工芸品」の指定を受ける。平成14年、木目金(もくめがね)技術の第一人者であり実弟の玉川宣夫が紫綬褒章を受章。
七代目 玉川基行(1970- )
二百年に及ぶ父祖の業を継承。地場産業として国内唯一の鎚起銅器産地の発展のために努力中。

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