燕市産業史料館website

燕の産業が見れる・分かる・燕市の産業の歴史を学べる史料館のご紹介です

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煙管(キセル)

煙管(キセル)

【主要展示品】・・・手作り作業場、手作り製作工程と用具一式

【解説】・・・煙管[キセル] の産業が始まったのは江戸中期です。

会津からその技術が導入され、燕の鍛金技術と彫金技術が一体となって発達し、日本の煙管の一大産地として燕の名を広めましたが、紙巻き煙草の普及により衰退していきました。

現在でも技術は引き継がれ、昭和52年(1977)に市の無形文化財に指定されました。

煙管の仕事場

【煙管の仕事場】

煙管の製作工程

【煙管の製作工程】

煙管の製作工程

【煙管の製作工程】

煙管

【煙管】

長谷川豊平<豊月>(1909~1999)

長谷川さんは、大正9年、13歳の春に服部善五郎さんという親方に弟子入りをし、5年間にわたり朝の7時から夜の9時まで厳しい修行を努めました。この頃は、燕のキセル造りも機械化とメッキ化に成功し、日本一の産地となった時期でありました。

18歳のときに独立、量産体制下にあった時流の中で、一本一本手でコツコツと人々に親しまれるキセル造り一筋に努めてきました。

たとえば、遠野形というキセルは、雁首や吸い口がそれぞれ馬の首と足の形にそっくりというふうに、地方によって独自の好みがあり難しいが、注文の形にぴったり合い、お客様に喜ばれた時が一番嬉しいと語っています。

金、銀、銅、赤銅などの異種の金属を張り合わせながら美しい模様を造り出す「張分」の技法が得意でありました。

しかし、平成11年8月8日に90歳で逝去されました。亡くなる直前まで仕事場で鎚を振るい、文字通りキセル造りの生涯でした。

銀赤銅張分矢絣模様

銀赤銅張分矢絣模様

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